お守り・縁結び・玉の輿・安産の大福寺 【臨済宗東福寺派・愛媛県四国中央市】

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大福寺は雑誌などで紹介されました。

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大福寺について

■ようこそ、大福寺へ
大福寺は四国の真ん中で、愛媛県四国中央市にあります。
もとは宇摩郡といいました。

古く奈良・律令時代に定められた地域の名前です。
四国といえば、弘法大師空海の御足跡を巡るお参りの聖地でございます。
 

■大福寺は臨済宗の寺院です
拙寺は聖一国師様の法脈を今に伝える臨済宗の寺院です。
聖一国師様といえば、中国で修行され日本にお茶の木を持って帰られました。
ご出身地の静岡県はお茶の一大産地となっています。
それと共に、製麺の石臼を設計された方で、日本で始めて国師号を持たれた方でもあります。

入宋の折、片目を失明されましたが、苦難に負けず日本に臨済の教えを広められました。

現在の日本の暮らしに残る、喫茶・玄関色々な言葉や多くの文化の源流でもあります。
 

■お作様 -大福寺ゆかりの女性-

西条藩主松平頼致が八日市で休息 したとき、井戸水を差し上げた彼女の気品ある振る舞いを気に入られ側室に。
その後、頼致が紀州55万石6代藩主中納言徳川左京太夫宗直に大出世。

正妻を持 たなかった宗直はお作との間に直松(のち7代宗将となる)をもうけ、お作はお部屋さま「永隆院」となりました。

郷里の田地を周辺から買い集め、徳米10国を北野 大福寺に寄贈しました。

少しも高ぶることなく、家臣の下々まで気を配る庶民的な人柄が誰からも愛されました。


■お作様の父上 -服部幸左衛門殿-
お作様の父上 -服部幸左衛門殿- 服部幸左衛門殿は、元西条藩の一柳家の家臣でありました。
一柳家が現在の兵庫県三木市に転封されたあとも、土居に残り定住しました。

その様な中でお作様が生まれました。
親子の縁が薄かったのか、お作様が七歳の時に亡くなりました。
御命日は8月24日です。

■大福寺はのどかな光景とおいしい空気を差し上げます
近年大福寺は大変衰退していたため、拝観展示できる文化財などございませんが、大福寺一帯、土居町は里芋、つぐね芋の産地です。
夏は稲穂に鮮やかな芋の葉につつまれています。

秋は五穀豊穣の恵に感謝し、その喜びを表現する秋祭り。
豪華絢爛な金糸で飾られた太鼓台が豪快な掛け声で町内を巡る頃、稲田は冬装束となっています。
ちょうど寺にはキンモクセイ、つわぶきが秋の輝きを放っています。

春は古い大木の桜が咲きます。
夜は満天の星空と、伊予三島の輝く命の営みの夜景が望めます。

楽しい観光施設はありませんが、のどかな光景とおいしい空気を差し上げることができますので、是非お越し下さいませ。

 

 

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